3回にわたって、アセローラの話をしてきました。 圧倒的な栄養価、20年以上のお蔵入り、そして夫婦が切り開いた産業の物語。最終回は、現在の本部町でどうやってアセローラが育てられているか、そしてなぜその一杯がここでしか飲めないのかをお伝えして、締めくくりたいと思います。
ドーナツ型に剪定された木のこと
本部町のアセローラ農園を訪れると、不思議な形の木が並んでいることに気づきます。中央をくり抜いたような、ドーナツ型。これは見た目の問題ではなく、味のための工夫です。
どの実にも均等に太陽の光が当たるように、毎日丁寧に剪定を重ねた結果がこの形です。沖縄の強い日差しをあますことなく受けたアセローラは、鮮やかな赤色に染まり、甘酸っぱさが凝縮されます。農薬は使いません。着色料も使いません。あの赤は、太陽と手間だけでできています。
栽培方法そのものが、並里康文氏が大学院時代から研究を重ねて見出したものです。農場の木々の姿に、彼の仕事の跡が今も残っています。
年5回収穫できる、ということ
アセローラは年に5回収穫できます。これは農家にとって、単に収量が多いというだけではありません。
台風が多い沖縄では、一度の収穫で年間の収益が決まる作物はリスクが高い。しかしアセローラなら、台風で一度被害を受けても、次の収穫が控えている。康文氏がこの作物に可能性を見出した理由のひとつが、ここにもありました。
農家が安心して育てられるから、丁寧に育てられる。丁寧に育てられるから、良質な実がなる。その連鎖が、沖縄のアセローラを支えています。
1999年、「アセローラの日」が生まれた
1999年、本部町の町役場や商工会などが中心となり、5月12日を「アセローラの日」に制定しました。アセローラの初収穫が始まる時期に合わせたものです。
同じ年から、哲子氏は本部町の全小中学校の給食にアセローラゼリーを毎年無償で提供し続けています。その結果、現在では本部町の子どもたちの認知度は100%。アセローラは今や、本部町に生まれた子どもたちが物心つく前から知っている、故郷の味になっています。
そして2015年、「ニッポン全国ご当地おやつランキング」で、アセローラフレッシュの「アセローラフローズン」が全国1位を獲得しました。沖縄県初のグランプリです。夫妻が蒔いた種が、全国へと広がった瞬間でした。
瀬長島で、飲んでみてください
SEE THE SEAでは、沖縄県産のアセローラを使ったメニューをご用意しています。
慶良間諸島を見渡すテラス席で飲む一杯には、ドーナツ型に剪定された木と、沖縄の太陽と、夫婦が諦めなかった60年分の物語が入っています。栄養のことを知らなくても、歴史を知らなくても、一口飲んで「おいしい」と感じてもらえれば、それで十分です。
ただ、飲んだ後にこの記事を思い出してもらえたなら——あの酸っぱさの意味が、少し変わるかもしれません。
連載をふりかえる
- 【知っていましたか?】アセローラは、沖縄の露地でしか育たない。
- 【知られざる歴史】1958年、沖縄に来たアセローラは。
- 【夫婦の挑戦】200軒断られても、諦めなかった。
- 【はじめに】理屈抜きに「良い」と思えるものを。